LIVE CONCERTS in 1964

THE DETOURS / THE WHO / THE HIGH NUMBERS in 1964

前年(1963年)に150を越えるライブをこなしたThe Detoursは、引き続き精力的にライブ活動を続け、レギュラー出演を確実なものとしていく。そして名のあるバンドのサポートをする仕事も増えていく。またライブ活動と並行して、BBCのテレビ番組などのオーディションにもチャレンジしていった。

バンド名は、同名バンド(The Detours)の存在を知ったため、The Whoに変更(2月)。そしてレコード・デビューを機にThe High Numbersへ再変更(7月)。さらに11月に再度The Whoへバンド名を戻した。その時、The Whoの名前は(Marquee Clubの広告で使われた)「MAXIMUM R&B」のキャッチフレーズと共に、Londonの若者の間で広まり、観客を巻き込んだ熱狂的なライブが繰り広げられた。

そしてなんと言ってもこの年の一番の出来事とと言えば、Keigh Moonの加入である。5月より正式ドラマーとしてKeithがThe Whoに参加したことは、バンドのさらなるパワーを引き出すことになった。そして、ここにThe Whoの黄金ラインナップが完成する。

The Who :
Roger Daltrey(ボーカル&ハーモニカ)、Pete Townshend(ギター)、John Entwistle(ベース)、Keith Moon(ドラム)


MUSIC HISTORY in 1964

  • 02月:The Beatles、初訪米 / 『エド・サリヴァン・ショー』に出演
  • 04月:The Yardbirdsデビュー
  • 04月:The Beatles、全米チャート1〜5位独占
  • 05月:The Dave Clark Five、米進出
  • 06月:Rolling Stones、初米ツアー
  • 06月:The Beatles、初ワールドツアー
  • 07月:映画『A Hard Day's Night』公開
  • 09月:The Kinks、「You Really Got Me」全英1位
  • 10月:Rolling Stones、『エド・サリヴァン・ショー』に出演するも、抗議が殺到し出演禁止処分に
  • 12月:Sam Cookeが射殺される
  • 12月:Brian Wilson、ツアー離脱
  • 01月:Bob Dylan 『THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN'』
  • 04月:Rolling Stones デビューアルバム 『THE ROLLING STONES』(UK)
  • 07月:Manfred Mann 「Do Wah Diddy Diddy」
  • 07月:The Beatles 『A Hard Day's Night』
  • 08月:Bob Dylan 『ANOTHER SIDE OF BOB DYLAN』
  • 10月:The Animals デビューアルバム『THE ANIMALS』(UK)
  • 10月:The Kinks デビューアルバム『THE KINKS』
  • 12月:The Beatles 『THE BEATLES FOR SALE』
  • 12月:The Yardbirds デビューアルバム『FIVE LIVE YARDBIRDS』

[ 日時,場所 (州名・地方名 / 国名(*無表記:国内)),会場 ]
1964年01月02日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
[ 解説 ]
[ 曲名 ]

1964年01月13日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
Rolling Stonesをサポート(2度目)。  

1964年01月05日(日),Putney (SW London),St. Mary's Ballroom
   

1964年01月11日(土),Greenford (West London),Oldfield Hotel

 

1964年01月12日(日),Acton (West London),White Hart Hotel

 

1964年01月14日(火),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年01月16日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年01月18日(土),Greenford (West London),Oldfield Hotel

 

1964年01月19日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
   

1964年01月21日(火),Greenford (West London),Oldfield Hotel

 

1964年01月23日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel

 

1964年01月24日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
3週間前にRolling Stonesをサポートした同会場にて、The Holliesをサポート。  

1964年01月25日(土),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年01月26日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
   

1964年01月30日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
この頃になると、Oldfield Hotelでは週3回のレギュラー出演を果たすようになる。
 

1964年01月31日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
The Big Threeをサポート。   

1964年02月02日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
Dave Berry & The Cruisersをサポート。  

1964年02月06日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年02月07日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
The Kinksをサポート。
北London出身のThe Kinksは数ヶ月前にライブデビューしたばかりだった。
 

1964年02月09日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
The Big Threeをサポート(2度目)。   

1964年02月13日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
おそらく、この日の演奏は、The Detours名義で出演した、Oldfield Hotelでの最後のもの。   

1964年02月14日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
Carter Lewis & The Southernersをサポート。   

1964年02月20日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
おそらく、この日の演奏が、The Who名義での初めてのもの。   

1964年02月22日(土),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年02月23日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
Brian Poole & The Tremeloesをサポート。   

1964年02月27日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年02月28日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
   

1964年02月29日(土),Brentford (West London),Evershed Sports Pavilion
   

1964年03月01日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
   

1964年03月05日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年03月06日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
The Undertakersをサポート。   

1964年03月07日(土),Ealing (West London),Mead Hall
Mead Hallの記録は『ANYWAY ANYHOW ANYWHERE』に記されているもの。『THE WHO CONCERT FILE』には、同日にShepherd's Bush(West London)のにあるOld Oak Common Instituteで行なわれたJoan Wilsonの結婚式披露宴にて演奏したと記されている。なお、ドラマーとしてHarry Wilson(前ドラマー)が参加している。  

1964年03月08日(日),Putney (South London),St, Mary's Ballroom
   

1964年03月15日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
   

1964年03月16日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
Glenlyb Ballroomでの月曜レギュラー出演の契約をする。   

1964年03月17日(火),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年03月19日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年03月23日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年03月26日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年03月27日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
   

1964年03月29日(日),Brighton (Sussex),Florida Room
サポートはThe Mark Leeman。
この会場では、5月以降レギュラーとして頻繁に出演するようになる。そして、その時期はまさにBrightonをはじめとした海辺の街でモッズとロッカーズの争いが週末毎に繰り広げられている頃であった。 
 

1964年04月02日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年04月03日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年04月04日(土),Dunstable (Bedfordshire),California Ballroom
The Tony Meeham Comboをサポート。
出演料は、まだThe Detours名義で支払われていた。 
 

1964年04月05日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
   

1964年04月06日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年04月10日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
The Undertakersをサポート(2度目)。   

1964年04月11日(土),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
Wee Willie Harrisをサポート。   

1964年04月12日(日),Acton (West London),Town Hall
   

1964年04月13日(月),London,100 Club
The Mike Cotton Soundをサポート。出演時間は、19:30-23:00。
Oxford Streetにある100 Clubに初出演。そしてこのライブが、2年間ドラマーを務めたDoug Sandomの最後の参加となった。 
 

1964年04月16日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
セッション・ドラマーのDave Goldを雇ってのライブ。Goldにはバンドの稼ぎから週4ポンドを支払われた。   

1964年04月17日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
   

1964年04月18日(土),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年04月20日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年04月23日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年04月24日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
The Merseybeatsをサポート。  

1964年04月26日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
   

1964年04月27日(月),London,100 Club
The Mike Cotton Soundをサポート。出演時間は、19:30-23:00。

この時期には様々なセッション・ドラマーと演奏を行なっていた。後にJimi Hendrixと活動を共にするMitch Mitchellも、そのうちの1人であった(『THE WHO CONCERT FILE』より)。
 

1964年04月30日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
『ANYWAY ANYHOW ANYWHERE』によると、おそらくこの日がKeithがバンドに飛び入りし「Road Runner」を叩いた日ではないかとされている。また『THE WHO CONCERT FILE』では、同会場での5月の出演日だったのではないかと書かれている。  Road Runner (Keithが叩いたのは2セット目にて) 

1964年05月02日(土)
The North Circularの上階のパブで行なわれた女の子の21歳の誕生日会で演奏。ドラマーはKeith。
Johnは、「Keithは自分の青いドラムキットを持ってきて、(演奏中にバラバラにならないよう)それをコイルとロープで結わえつけていた」と記憶している。 
 

1964年05月04日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
この日のドラマーはKeithではなく、Liverpool出身でThe FourmostのドラマーのBrian Redmanだった。バンドはリハーサルなしで彼と演奏。この日のライブは翌日のオーディションのためのウォームアップでもあった。

翌日のオーディションにはKeithも参加し、それぞれのバージョンで「I'm The Face」を演奏している。結局Redmanはバンドにしっくりこなく、この2日間の参加料として40ポンド受け取りLiverpoolに戻った(後にThe Hillsidersに加入)。
I'm The Face 

1964年05月07日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
Keithがバンドに飛び入りした日とされる別説(1964年04月30日参照)。   

1964年05月08日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
   

1964年05月10日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年05月11日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年05月14日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年05月15日(金),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
The Internsをサポート。   

1964年05月16日(土),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年05月17日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
前日の土曜レギュラー出演と合わせて出演料20ポンドで、「All Nite Rave」イベントにて演奏。   

1964年05月18日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年05月21日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年05月24日(日),Luton (Bedfordshire),Majestic Ballroom
   

1964年05月25日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年05月28日(木),Greenford (West London),Oldfield Hotel
   

1964年05月29日(金),Derby (Derbyshire),Corporation Hotel
London近郊以外での初期ライブのうちの1つ。Harold Davisionエージェントを通した仕事で、出演料は25ポンドだった。   

1964年05月31日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
   

1964年06月01日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年06月04日(木),Southall (Middlesex),White Hart Hotel
新しい木曜レギュラー出演の仕事を得る。出演料は12ポンド。  

1963年06月07日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年06月08日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年06月11日(木),Southall (Middlesex),White Hart Hotel
   

1964年06月15日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年06月18日(木),Southall (Middlesex),White Hart Hotel
   

1964年06月19日(金),Leicester,Granby Halls
「Kinky Ball」コンサートのプログラムにバンド名あり。   

1964年06月20日(土),Bath (Somerset),Regncy Ballroom
Dave Davani & The D MenとThe Falling Leavesと共に、4日間行なわれた1964 Bath Jazz Festivalの最終日(R&Bナイト)に出演。ヘッドライナーを務めた。  

1964年06月22日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年06月25日(木),Southall (Middlesex),White Hart Hotel
   

1964年06月26日(金),Golders Green (NW London),The Refectory
この週の『MELODY MAKER』の広告には、バンド名が「The Who's」と載っていた。  

1964年06月28日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年06月29日(月),Forest Hill (SE London),Glenlyn Ballroom
   

1964年06月30日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
12週間行なうRailway Hotelでの火曜レギュラー出演の中で、一番古い記録。
プロモーターはLionel GibbinsとRichard Barnesの共同。バンドの出演時間は通常20:00-25:00で、出演料は20ポンドだった(後に25ポンドまで引き上げ)。 
Railway Hotelの火曜レギュラー出演では、通常2セット行なっていた。

1964年07月07日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
同月3日のシングル「Zoot Suit」発売に伴い、バンド名をThe High Numbersに変更したが、この日のライブを含め7月下旬まではまだThe Who名義で行なわれていた。  

1964年07月11日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
Chris Farlowe & The Thunderbirdsをサポート。The Who名義で演奏。
収容観客数1000人のこの会場は、バンドの活動拠点の1つとなった。
 

1964年07月12日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年07月14日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
The High Numbers名義で演奏。
この日、Kit Lambertが初めてThe Whoを見たとされている。彼は、相棒のChris Stampと共に、ポップ・フィルムに出演させるバンドを探しているところであった。「おびただしい数のスクーターが外に止めてあった」そして「中にはたった1つの赤い電球だけで、バンドはそこで今までに聴いたことのないような大きな音で演奏してた」と回想する。 
 

1964年07月18日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
The Who名義で演奏。Chris Farlowe & The Thunderbirdsをサポートする予定だったが、バンドの人気が増してきたため、宣伝広告にはThe Whoの名前が上に書かれるようになった。
またこの日には、アイルランドから帰ってきたStampがLambertと共に会場に訪れ、ラスト20分の演奏を聴いていった。 
 

1964年07月19日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
The High Numbers名義で演奏。

この日、ライブとは別に、Holland Park Comprehensive School(West London)にて、非公式のオーディションが行なわれ、Stampと(Lambertに雇われた)Mike Shawが立ち会った。
 

1964年07月21日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
バンド名は“The High Numbers(formerly The Who)”と表記されていた。(* formaerly:元、以前の)   

1964年07月22日(水),Soho (London),Scene Club
以降3ヶ月、この会場で水曜レギュラー出演をする。   

1964年07月25日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年07月26日(日),Acton (West London),White Hart Hotel
出演料は12ポンド。   

1964年07月28日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
   

1964年07月29日(水),Soho (London),Scene Club
   

1964年07月31日(金),Shepherd's Bush (West London),Goldhawk Social Club
The Kinksをサポート。翌月と合わせて3度一緒に出演するうちの1回目のライブ。
出演料は12ポンド。 
 

1964年08月01日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
出演料は30ポンド。   

1964年08月02日(日),Brighton (Sussex),Florida Rooms
深夜から朝方まで続く「All Nite Rave」イベントにて演奏。同じくLondonからモッズ・バンドのThe Cliqueが出ていた。出演料は25ポンド。  

1964年08月04日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
出演時間は、20:00-23:00。  

1964年08月05日(水),Soho (London),Scene Club
   

1964年08月06日(木),Southall (Middlesex),White Hart Hotel
出演料は12ポンド。   

1964年08月08日(土),Whetstone (Hertfordshire),All Saints Hall
出演料は30ポンド。   

1964年08月09日(日),Brighton (Sussex),Hippodrome
Gerry & The Pacemakers、The Nashville Teens、Elkie Brooks with The Quotationsの3バンドをサポート。出演時間は、18:00からと20:30から。その他、女性シンガーCalerie McCullamのバックも務めた。   

1964年08月11日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
   

1964年08月12日(水),South Oxhey,The Mine
会場はWatfordの近く。会場名が「Labour Hall」と書かれている資料もある(『THE WHO CONCERT FILE』)。ここは、The Pheasantパブの裏にあるモッズな会場だった。
出演時間は、19:30-23:00。出演料は25ポンド。
水曜レギュラー出演の仕事を得たため、SOHOのScene Clubで出演した後にこちらで演奏するという形になった。 
 

1964年08月15日(土),London,Riverboat Shuffle
昼間の船上演奏で、出演料は35ポンド。
船はCharing Cross Pierから出発。サポートはThe South Beatsで、このバンドのギターリストAlan Oatesは、後(1965年4月)にThe Whoのアシスタント・ローディーになった。
 

1964年08月16日(日),Blackpool (Lancashire),Opera House
The Kinksと共にThe Beatlesをサポート。出演時間は、18:20からと20:15から。
映画『A Hard Day's Night』のような状態を目の当たりに。演奏は叫び声で聴くことができなかったが、幸いにも楽屋での音は聴くことができたようだ。PeteはThe Kinksからもギター演奏のヒントを得る。 
 

1964年08月18日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
   

1964年08月19日(水),Soho (London),Scene Club
   

1964年08月20日(木),Luton,Majestic Ballroom
出演料は25ポンド。

ライブの前にはBBCスタジオ3にて番組『THE BEAT ROOM』のリハーサルと撮影を行なった(放送は8月24日(月)19:35-20:00)。 
(BBCスタジオ3での演奏曲)
Bring It To Jerome / Gotta Dance To Keep From Crying 

1964年08月22日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
出演料は30ポンド。   

1964年08月23日(日),Brighton (Sussex),Hippodrome
Dusty Springfield、Eden Kane、The Intersをサポート。出演時間は、18:00からと22:30から。   

1964年08月25日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
出演時間は、20:00-23:00。   

1964年08月26日(水),Soho (London),Scene Club
   

1964年08月30日(金),Blackpool (Lancashire),Queen's Theatre
The SearchersとThe Kinksをサポート。出演時間は、18:00からと20:10から。   

1964年09月02日(土),Soho (London),Scene Club / South Oxhey,The Mine
Lambertはポロモーションを兼ね、Scene ClubとSoho周辺でバンドを16mmで撮影した。
13年後に発見されたその映像は35mmにし、ドキュメンタリー映画『THE KIDS ARE ALRIGHT』にも挿入された。
I Gotta Dance To Keep From Crying / Young Man Blues / Long Tall Shorty / Pretty Thing / Here 'Tis / Spoonful / Smokenstack Lightning / Green Onion / Money / You Really Got Me (ボーカルなし,ギターリフのみ)

1964年09月04日(金),Glasgow (Scotland),Kelvin Hall Arena
Enterprise Scotland '64主催による「Fab '64 - Big Band Show」に出演し、Dave Berry & The CruisersとLulu & The Luvversをサポート。出演時間は、18:00からと20:15から。   

1964年09月06日(日),Blackpool (Lancashire),Queen's Theatre
The Swinging Blue JeansとThe Nashville Teensをサポート。出演時間は、18:00からと20:10から。   

1964年09月08日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
出演時間は、20:00-23:00。   

1964年09月15日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
   

1964年09月19日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年09月22日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
出演時間は、20:00-23:00。  

1964年09月23日(水),Greenwich (South London),Town Hall
バンド自らが用意したチラシには「The High Numbers - The Worst In Family Entertainment」と書かれていた。ステージにはIan Samwell(Cliff Richardの「Move It」の作曲者)の紹介にて登場。
プロモーターはBryan Mason。彼はこのライブの後、引き続きThe Starlite、Bromel Club、Eltham Bathsでの出演契約も行なった。
 

1964年09月29日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel

 

 

1964年09月30日(水),Greenwich (South London),Town Hall
   

1964年10月02日(金),Romford (Essex),Shandon Hall Dance Club
   

1964年10月05日(月),Rochester (Kent),Corn Exchange
   

1964年10月06日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
   

1964年10月07日(水),South Oxhey,The Mine
   

1964年10月10日(土),Reading (Berkshire),Olympia Ballroom
記者のVirginia IronsideがLambertと共にライブを見にきていた。しかし、2人でおしゃべりをしていたため、Peteがギターを壊すところを見逃してしまった。   

1964年10月11日(日),Cheshunt (Hertfordshire),Wolsey Hall
「Raving R&B」に出演。   

1964年10月13日(火),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年10月14日(水),Greenwich (South London),Town Hall
   

1964年10月18日(日),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年10月19日(月),Rochester (Kent),Corn Exchange
   

1964年10月20日(火),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
Lambertはセットの合間に流す映像用にと、16mmでバンドと観客の様子を撮影した。この映像は、ドキュメンタリー映画『THE KIDS ARE ALRIGHT』の中で見ることができる(Rogerが濃色の服装で、Keithがストライプの上着)。   

1964年10月24日(土),Reading (Berkshire),Olympia Ballroom
   

1964年10月27日(火),Reading (Berkshire),Olympia Ballroom
   

1964年10月28日(水),Greenwich (South London),Town Hall
   

1964年10月30日(金),Windsor (Berkshire),Ricky-Tick Club
   

1964年10月31日(土),Southampton (Hampshire),Waterfront Club (Cliff Hotel)
   

1964年11月02日(月),Wealdstone (Middlesex),Railway Hotel
11月より、再びバンド名をThe Whoに戻して活動をする。   

1964年11月04日(水),South Oxhey,The Mine
   

1964年11月07日(土),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年11月09日(月),Rochester (Kent),Corn Exchange
   

1964年11月14日(土),Reading (Berkshire),Olympia Ballroom
   

1964年11月18日(水),Cheshunt (Hertfordshire),Wolsey Hall
演奏時間は、20:00-23:00。  

1964年11月21日(土),Ealing Broadway (West London),Ealing Club
この会場(Ealing Club)での初めてのライブとなる。   

1964年11月24日(火),Soho (London),Marquee Club
出演時間は(通常)、20:45-21:15と22:00-23:00。サポートはThe Sneekers。
プロモーターのZiggy Jacksonはバンドの演奏に感激し、16週間のレギュラー契約を結んだ(後にさらに7週間の追加更新があった)。
当時のMarquee Clubは90 Wardour Streetにあった。

Marquee Clubの火曜レギュラー出演により、有名な「MAXIMUM R&B」の宣伝ポスターが生まれた。 


Heatwave


1964年11月25日(水),Brighton (Sussex),Florida Rooms
以降5週間、水曜レギュラー出演をする。   

1964年11月28日(土),Chelmsford (Essex),Corn Exchange
   

1964年11月29日(日),Watford (Hertfordshire),Trade Union Hall
   

1964年12月01日(火),Soho (London),Marquee Club
会場は何百人というファンで埋まっていた。Railway Hotelなどの他会場でのレギュラー出演を見ているファンもみな、この会場にやって来ていた。   

1964年12月02日(水),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年12月08日(火),Soho (London),Marquee Club
   

1964年12月09日(水),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年12月12日(土),Harrow (North London),Technical College
Keithの母校にて、学生のダンスパーティーで演奏。  

1964年12月14日(月),Leytonstone (East London),The Red Lion
The Red Lionでの初めてのライブ。月曜レギュラー出演の仕事を得る。   

1964年12月15日(火),Soho (London),Marquee Club
   

1964年12月16日(水),Brighton (Sussex),Florida Rooms
   

1964年12月18日(金),Southampton (Hampshire),Waterfront Club (Cliff Hotel)
   

1964年12月19日(土),Elephant and Castle (SE London),London College of Printing
「Xmas Ball」にて演奏。   

1964年12月21日(月),Leytonstoen (East London),The Red Lion
出演時間は、19:30から。   

1964年12月22日(火),Soho (London),Marquee Club
サポートは北London出身のThe Boys(後のThe Action)。ベーシストのMike Evansは、Mark Twain & The StrangersというバンドでKeithと一緒にやっていた。   

1964年12月23日(金),Brighton (Sussex),Florida Rooms
5週間レギュラー契約の最終日。   

1964年12月26日(土),Basingstoke (Hampshire),Galaxy Club (Town Hall)
   

1964年12月27日(日),Ealing Broadway (West London),Ealing Club
   

1964年12月28日(月),Leytonstone (East London),The Red Lion
出演時間は、19:30-23:00   

1964年12月29日(火),Soho (London),Marquee Club
このライブのレビューはNick Jonesよって書かれ、『MELODY MAKER』(196年1月9日)に載った(しかし、ギターリストの名前がPaul Townshendとなっている)。  Heatwave / Can't Sit Down (インスト曲) 

1964年12月31日(木),Pinner (Middlesex)
「New Year's Eve Dance」にて演奏。   

参考資料:
・ 『ANYWAY ANYHOW ANYWHERE: The Complete Chronicle of The Who 1958-1978』 / Andy Neill & Matt Kent(著)
・ 『THE WHO CONCERT FILE』 / Joe McMichael & Irish Jack Lyons(著)


HOME